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『きみしかみえない』 2

続きです!




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『きみしかみえない』 2


 このままというわけにもいかないから、とりあえず寮へ──いくら委員会の寮がすぐ近くだったからといって、軽はずみな発言だったと、ハンスは猛烈に後悔していた。
 泥だらけのアニーと、アニーほどではないがやはり衣類を黒くしてしまったハンス。大変なことになったから、ここで別れよう──そう諭して、アニーをアトリエに帰すことだってできたはずだ。
 しかし、どうしよう、と潤んだ瞳で見上げられ、思わず連れてきてしまった。

 シャワーの音がする。
 シャツとズボンという簡易服に着替えたハンスは、落ち着かない心臓をどうにかしようと、ベッドに座って足を鳴らしていた。タンタンタン、と規則正しく。できるだけ、シャワーの音が聞こえてこないように。
 タオルと着替え──もちろん準備があるわけもないので、ハンスのものだ──は、アニーが自分で持っていった。
 そんなことしなくても、といわれたが、風呂場の扉にはきっちりとカギがかかっている。絶対に閉めろと厳しくいい、アニーが閉める音も確認した。
 このまま、部屋から出て行くのが一番いいのだろうと思う。
 けれど、ここは寮だ。両隣は委員会に所属する同僚──もちろん男性の、部屋。今日が休みの人間だっているかも知れない。それを考えれば、自分が出て行くのも危険だった。

 シャワーの音が、止んだ。
 ガチャリと、浴室の戸の開く音。衣擦れの音が続く。
 できるだけ聞かないようにと思っているのに、意識とは裏腹に、音はすべてハンスの耳まで届いた。ひょっとしたら、本当は聞こえていないのかも知れない。だが、聞こえてしまう気がして、落ち着かない。

 ハンスは立ち上がった。窓の外を見ると、もう降らないだろうと思われた、雨。しかも、激しく降っている。すぐに帰れ、ともいいづらい状況だ。
 そのまま、何をするでもなく、ベッドに座る。落ち着かない。
「ハンス、ありがとう。気持ちよかったー!」
 カギを開け、アニーが顔を出した。
 塗れた髪を拭うように、タオルを手にしたままで。男物のシャツとズボンを着る姿には違和感があり、少年のようだとはいってもやはり少女なのだと、ハンスは実感する。それは皮肉なことに、アニーをより女性らしく見せていた。
「ハンスはいいの?」
 とてとてと歩いてきて、あたりまえのように、ハンスの隣に座った。
 ハンスは額を押さえた。この無防備さは薬のせいだろうかと考えて──いや彼女は普段でもこうに違いない、と思い直す。
 それはきっと、ハンス以外の前でも、変わらずに。

 石けんのにおいが、ふわりと香った。
 恐る恐る、隣を見る。
 アニーはこちらを見ていて、目が合ってしまった。
「────!」
 思わず身を引いた。急いで、立ち上がろうとする。
 しかし、ハンスのシャツのほんの少しを、アニーが遠慮がちに掴んでいた。
「どこ行くの。なんか話そうよー」
「な、何かって……」
 仕方なく、座り直す。じりじりと、できるだけ、距離を取った。

「──アニー、君は、いまのこの状況がわかっているのか? ここは僕の部屋で、その……一応、僕も、男だ。シャワーを浴びてしかもそんな格好で、二人だけ、だぞ?」
「うん、この服着やすいよ。いい素材だよね」
「そうじゃなくて」
 苛立ちと、わけのわからない焦りとに襲われて、ハンスは首を左右に振った。
 状況を口に出してしまったことにより、いっそう落ち着かなくなってしまった。
 どうしようもないほどの、誘惑。
 手を伸ばせば届くところに、アニーがいる。
「薬のせい、でも」
 アニーが唇をとがらせる。
「こうやっていっしょにいたくて、いっしょにいて幸せなのは、本当なのにな」
 うつむいて告げられた言葉に、理性が飛びそうになる。
 しかし、アニーが口にした言葉が、かろうじてハンスの正気を保たせた。

 これは、薬のせいだ。
 本当のアニーではない。アニーの意志では、ない。
「服は貸しておくから、さっさと帰るんだ、アニー。外は雨だが……ここにいるよりはましだろう」
「ハンスは、そんなに、あたしといるのがイヤなの?」
 傷ついたような顔をして、アニーが顔を上げた。
 ハンスは口ごもる。
 どうしてわかってくれないのかと、焦燥がつのる。
 しかし、いうべき言葉は決まっていた。
 お互いのために、答えは一つしかなかった。
「ああ、イヤだ。だから早く、帰るんだ」
 目を逸らして、冷たい言葉を舌に乗せる。

 アニーからの返事はない。
 ほんの十数秒──しかし、ハンスにはその沈黙が、恐ろしく長く感じられた。
 見てはいけない、見てしまっては、きっと抑えきれなくなる──そう思いつつも、隣に座るアニーを、見てしまう。
「────!」
 息を飲んだ。
 アニーはボロボロと涙をこぼしていた。唇を噛むようにして、必死で耐えるように──しかし涙は、次から次へと溢れてくる。
「あ、アニー! 泣くことはないだろう! 君は薬のせいで、そんな──」
 いいかけて、気づいた。リーズが、薬のせいで不安定になっている、といっていたはずだ。
 本当の感情がわからなくなって不安なのは、アニーの方なのではないだろうか。
 そんなアニーに、ひどく辛辣なことをいってしまったのだと、後悔が押し寄せる。
 しかし、アニーは何もいわなかった。
 涙を拭うようにして、立ち上がる。しゃくり上げながら、それでもいわれたとおりに、扉へ向かう。

「──アニー!」
 思わず、呼び止めた。
 泣き顔が振り返るのも待たず、床を蹴る。理性も考えも、追いつかなかった。ただ衝動のままに、ハンスは、アニーを後ろから抱きしめた。
「すまない、僕は──……」
 腕の中のアニーが、震えている。
 どれほど不安だったのだろう。
 言葉を飲み込んで、ぎゅっと、強く、抱く。
「アニー」
 こちらを向かせようと、肩をつかみ──
 
「……ックシュン!」
 ──小さなクシャミに、現実が戻ってきた。
「寒いッ! あれ、ハンス?」
 先ほどまでとは若干トーンの違う、脳天気な声。
 ハンスは慌てて手を離し、ズザッ、と後退した。何事もなかったように窓辺に寄る。
「あれぇ~?」
 きょろきょろとあたりを見回す、大きな目。

 理由はわからないが、ハンスには確信があった。
 これは、いつもの、アニーだ。
 心臓が跳ねている。自分はいったい何をするつもりだったのかと自問するが、自答する余裕はない。薬でおかしくなっていることを承知しているはずなのに、抑えが効かなかった。クシャミのタイミングが遅かったら、恐らく自分は──
「ここって、ハンスの部屋だよね? なんであたし、こんなとこに……っていうか寒いんだけど! まるでちゃんと乾かさないで寝ちゃった後みたいな! 湯冷め?」
「………………」
 様々な、本当に様々な感情と言葉を、ハンスは飲み込んだ。
 長い長い沈黙を挟み、かろうじて一言。
「…………アトリエまで、送ろう」
 声を絞りだす。
「うん。よくわかんないけど」
 きょとんとしたままで、アニーも合意した。





「ま、所詮はパチもんってことよ。放っといても、効果は数時間。よかったねー、大事に至らなくて!」
 アトリエにたどり着くと、リーズとカイル、それからぺぺは、呑気に茶を飲んでいた。
 成分を解析して、すぐに偽物だとわかったのだという。使用されている素材は人魚の鱗などではなく、似た効果があるものの、粗悪品。放っておいても問題ないと、あっさり結論が出たとのことだった。
「まあ、数時間あれば、やることやるには充分だけどね」
 カイルが茶をすすりながら、目を細めた。ニヤニヤと、普段着姿のハンスと、ハンスの服を着たアニーを見る。
「──で、どうして二人して、そんななんだ?」
 淡々と、ぺぺが聞いてくる。

「……今日はもう、勘弁してくれ」
 疲れ切った声で願い出て、ハンスは早々にアトリエをあとにした。
 





────────────
……長いィ!
結局かわいそうなことで終わるハンス。
いやもうやることやっちゃっても良かったんじゃ(自制。

この後、キルも薬をうっかりのんでカイルに惚れるとか、そういうネタもありましたが入りきりませんでした。

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  Name : 光太朗。
  性別女、またの名を光太朗子。
  『アニーのアトリエ』ハマり中。

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