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『ばれんたいん』

久しぶりに書いてみました。ハン→アニです。
行事に乗じてみるのは初めてのような気がします。






*****







『ばれんたいん』



 2月14日。
 バレンタインデー。
 数年前までは名前すら聞いたことのなかった異国の行事が、ここのところ、若者たちの間で流行している。元々はもっと神聖な祭りだったらしいが、流れ流れてセラ島に来るころには、「気になる男の子に女の子からチョコをあげちゃう日」ということになっていた。

 そういうイベントがあるらしいということを、ハンスも知っていた。
 アニーやジェリア、フィズやリーズが、話題にしていることも、知らないわけではなかった。
 それでも、自分には関係ない行事だと思っていたのだ。



「あの……だいじょうぶですか?」
 ぐるぐる眼鏡を心配そうに曇らせて、ダニエルが遠慮がちに聞いてくる。よかったらこれ、と段ボール箱を差し出され、ハンスはありがたく受け取った。本部のデスクの上に山盛りになっていたチョコレートの類を、流し込むように箱に入れる。
 油断していた。
 昨年までは、ここまでではなかったのに。
「バレンタインというのは、いつのまにこんな大きなイベントになったんだ?」
 げんなりとしつつ、そう呻く。ダニエルは笑った。
「そこはやっぱり、セラ島のリゾート開発のたまものですよ。愛する相手に、というのももちろんですが、お世話になった人や友だちにも渡そうということで、洋菓子店なんかが商品を出してるみたいです」
「なるほど……」
 それならば、喜ぶべきことなのかもしれない。そう思いかけて、段ボール箱に視線を戻す。あまりの山盛り具合に、ため息が漏れた。
「今日は、できるだけ本部にいるか……」
 それが賢明だろう。仕事をしている人間のもとに、わざわざ外部からチョコを渡しに来るというのは相当勇気がいるはずだ。いまのように、席をはずしているすきにこっそりと置かれる、というのならともかく。
「それがいいかもしれませんね。あ、町の見回りはボクが。ハンスさんはここにいてください」
 ダニエルの言葉に甘え、ハンスはイスにすわろうとする。しかし思い直して、段ボール箱を見えない場所に片づけようと、持ち上げた。デスクの横に置いてあったのでは、まるで自慢か──そうでなくとも催促しているかのようだ。
 奥のロッカーまで運び込もうとして、足を止めた。
 本部から出て行ったはずのダニエルが、ひどく慌てた様子で戻ってきたのだ。
「……?」
 あまりにも挙動不審だった。バタバタと帰ってきたというのに、本部の入り口を固く閉ざし、それでいてそこから離れない。息を殺して、外の様子をうかがっているようでもある。
 ハンスは、音をたてずに段ボール箱を置いた。そっと、ダニエルに近づく。
 背後に立っても気づく様子がないので、仕方なく肩に手をのせた。
「どうかしたのか?」
「──はぅっ、い、いや、その!」
 ダニエルは明らかに動揺した。そして、まるで通せんぼするかのように両手を広げる。
「な、なにもないです! ないですよ! ハンスさんは、今日は外に出ない方が……」
「……?」
 なにかあります、といっているようなものだ。眉をひそめ、ダニエルの脇をすり抜ける。あ、とかう、とかいっている彼は無視して、本部から顔を出し、外を見た。
「────!」
 飛び込んできた光景に、絶句した。
 道の向こう側、かろうじて見える位置に、アニーがいた。
 手には、ハート型の赤い箱。まさに、それを差し出す瞬間だった。
 頬が赤らんでいるようにも見える。
 相手の顔は見えないが、背の高い男性のようだ。なにか言葉を交わし──男は、アニーの手から、箱を受け取る。
「あああ」
 すぐうしろで、ダニエルがこの世の終わりのような声を出した。
「き、きっと、なにか事情が……」
 それはいったいなんのフォローなのだろう。ハンスはゆっくりと振り返り、慎重に手足を動かして、デスクへと戻っていく。
「事情もなにも、今日はバレンタインデーだ。なにもおかしなことはない」
 そうだ、おかしなことはない──口に出した自分の言葉が、ひどく遠くから響いてくるようだった。
 アニーだって女の子だ。
 好きな男の一人ぐらい、いてもおかしくないはずだ。
 ──と、頭では理解しているのだが。
 心境としては、なんだかもう死にそうだった。
「…………」
 片づけそびれた段ボールが、自分を見上げている。これだけたくさんあるのに、少しも満たされないというのはどういうことだろう。バレンタインというのは残酷な行事だ。ハンスの胸がちりちりと痛んだ。
 あの、アニーの顔。
 はにかむような顔だった。

「ハーンス!」
 いまいちばん聞きたくなかった声が届いた。まさか、と思いつつ顔を上げる。
 止めようとしたのか、オロオロとしているダニエルを通り越して、満面の笑みのアニーが立っていた。
「わ、やっぱりすごいね! 予想通り! それ、ぜんぶハンスがもらった……んだよねえ? いくつあるの?」
 無遠慮に段ボール箱をのぞき込んでくる。ハンスは顔をしかめた。
「なんの用だ。こっちは仕事中だ」
 そっちはヒマかも知れないが──そんなことはもちろん言葉に出さなかったが、ニュアンスは伝わったのだろうか。アニーは唇をとがらせた。
「あ、なんか不機嫌ー。ちょっと用があったんだけど……そんなに忙しい?」
「忙しい」
 即答する。というより、このまま彼女と向かい合っていたくはなかった。いらない暴言か、じめじめとした悪態を吐いてしまいそうだ。
「ま、でもすぐすむからさ。あのね、せっかくのバレンタインデーだから……」
「アニー」
 ひどく低い声が出た。
「仕事中なんだ。君にも課題があるだろう。サボっていないで、アトリエに戻ったらどうだ。いまごろペペが捜してるんじゃないのか?」
 いってしまってから、しまった、と思う。これではまるでケンカを売っているかのようだ。
 アニーは驚いたように目を丸くして、それからすぐに眉をつり上げた。
「じゃ、いいよ、もうっ」
 そういって、きびすを返す。じゃあねっ、とダニエルにだけ挨拶をして、アニーは本部から出て行ってしまった。
 居心地の悪い沈黙が落ちる。
 しかし、あれ以外、どうすればよかったというのだろう。
「……ハンスさん」
 ダニエルがなにかをいおうと口を開いたが、ハンスは一瞥でそれを制した。いいたいことならわかっている。わざわざ人からいわれたくはない。
 仕事中というのは本当だ。ハンスは書類の束を引き出し、目を通し始める。不備を修正して、サインをして──

 ──どれほどの時間、没頭していただろう。
 唐突に、こらえきれなくなった。
「ちょっと、出てくる」
 そういって、立ち上がった。



   *



 改めて見てみれば、町全体がピンク色に染まっているかのようだった。
 男女率が異様に高い。
 心なしか、甘い臭いが漂っているような気がする。
 女性が頬を赤らめてチョコを差し出し、男性が照れたようにそれを受け取り──身体を寄せ合って道を歩き、愛の言葉を囁き合い……。
 もちろん、そんな男女ばかりではないが、やけに目についた。
 時折声をかけられそうになったが、ハンスは早足でそれを回避し、目的地まで足を急がせる。
 向かう場所は、アトリエだ。
 
 扉の前まで来て、逡巡した。
 どんな顔をすればいいだろう。なかにいるとも限らない。いたとしても、もしかしたら一人ではなく──さっきの背の高い男性と、一緒にいるのかもしれない。
 ハンスは慌てて首を振った。考えていてもしようがないことだ。
 息を吸い込んで、ノックする。はあい、といつもの声が帰ってきたことに安堵した。
「失礼する」
 咳払いと共に扉を開ける。来客がハンスだと知るやいなや、アニーはあからさまに顔をしかめた。
「これはこれはマジメンスさんではありませんか」
 頬を膨らませるようにして、嫌味たっぷりにそんなことをいってくる。言葉に詰まりかけたが、ハンスはおとなしく頭を下げた。
「さっきはすまなかった。──その、ちょっと、色々あって」
 色々の詳細はどうしてもいえないが、誠意をもって謝罪する。先ほどの対応は、あまりにも大人げなかったという自覚がある。
「ふーんだ。あたし、いまお仕事中なんだよね。用はなに?」
 仕返しなのだろう。つん、とそっぽを向いて、アニーがいう。テーブルについて、チョコラットとティーカップとを前にした状態で。
「……仕事中には見えないが」
「うっ。バレた。だってぺぺがいないんだもん」
 ぺぺがいない、つまりサボり放題ということなのだろう。ハンスは苦笑した。
「謝りにきたんだ。どうかしていた。君はなにか用があったんだろう? 追い返すようなまねをしてしまって」
 アニーが目をまたたかせる。それから吹き出して、肩を震わせた。
「マジメだなあ! それでわざわざ来てくれたの?」
 立ち上がり、鞄を探る。そこからレースでラッピングされた箱を取り出すのを見て、ハンスは動揺した。
 まさか、チョコレートだろうか。
 義理チョコとか友チョコとか、そういうものがあるのだと聞く。男性にチョコレートを渡した現場を目撃したあとでは、それを受け取るのはあまりにも情けないような気がした。
「それは……、バレンタイデーの、イベントか?」
 曖昧ないいかたをする。アニーはにこりと笑ってうなずいた。
「そうなの! たくさん作ったんだよー。ちょっと話題になってるんだ、あたしの調合したチョコ」
 調合。慣れたつもりでも違和感を覚える。そこは調理といってほしい。
 真っ先にそう考えて、話題になっている、の部分への反応が遅れた。
 あれ、と思う。それは、どういうことなのだろう。
「……さっき、男性に、ハート型のチョコを渡していたようだが?」
 単刀直入に、聞いてみた。
「え、見てたの?」
「本部の目の前だったからな」
 アニーが頬を赤らめる。恥ずかしそうに、笑った。
「本当は依頼主に渡すんだけど、あれだけは匿名で届けてくれっていわれちゃって……。初対面の相手にチョコどうぞ、なんて緊張しちゃったよ。警戒されちゃうしさ」
 ハンスは言葉を失った。
 そんなことだろうと思った──そう思う部分もなくはないが、明らかにほっとしている自分に少なからず動揺する。どこまでショックだったんだ、と自分につっこむほどに。
 取り繕うように、ごほんと咳払いをした。
「それで、僕にもお裾分けが?」
 そんなところだろう。少なくとも愛を込めたチョコレートというわけではないはずだ。
 しかし、言い方が気に入らなかったのか、アニーは不満そうな顔をした。
「もっと嬉しそうにしてくれなくちゃ、渡せないなあ」
「…………」
 それはもちろん嬉しい。嬉しくないわけがない。
 しかし、そこは微妙な心理なのだ。さすがに説明はできず、ハンスは口ごもる。
「じゃ、こういうのはどう?」
 にんまりと、アニーは笑った。
「『アニーちゃんは今日もかわいいね』っていってくれたら、あげる」
「な──っ」
 ハンスは慌てて首を振った。
「い、いえるわけないだろう! なんの罰ゲームだ!」
「罰ゲーム!」
 しまった──ハンスは弁解しようとしたが、うまく言葉にならない。そういうことがいいたかったのではない、はずだ。しかし、いまさらなんといえばいいのか。
 まさか、かわいいね、などといえるはずもない。
「……ヒドイ、ハンスはヒドイ!」
 ぶつぶつと毒づきながら、それでもアニーは箱を手にした。唇をとがらせたままで、ずいとハンスに差し出す。
「でも、あげる。せっかく用意したし、いつもお世話になってるしね」
「あ、ああ」
 受け取ろうと手を伸ばすと、直前で引っ込められてしまった。アニーは咳払いをする。
「ちがった、ちがった。ええと……」
 考えるようなそぶりを見せる。それから、両手で箱を持ち直すと、にっこりと微笑んだ。
「大好き」
「…………っ」
 輝かんばかりの笑顔でいわれ、ハンスはよろめいた。
 なんの罠なのだろう。
 チョコを差し出して、大好き、などと。
 ──バレンタインがくだらない、なんて訂正だ。素晴らしい。すばらしい行事だ。
 しかし、やはり罠の臭いがした。
 受け取ってもいいものかどうか。
「──って、いいながら渡すのが正式だって、リーズ姉さんが」
「…………あ、ああ、そうか、そうだよな」
 どっと疲れる。おそらくは手作りらしいそれを、大事に受け取った。
 丁寧に包まれ、リボンが巻かれている。中身はチョコに他ならないだろうが、どんな形でどんな味なのかと、想像するだけで顔がにやけてきそうだ。
 急いで表情を引き締めた。にやけ顔など見せるわけにはいかない。
「ありがたく、受け取っておこう」
 できるだけ平静を装って、脇に抱えようとする。
 ふとアニーの顔を見て、息が止まりそうになった。
 頬を染め、ひどく嬉しそうな顔をしていた。えへへ、と笑う。
「なんか、改めてこういうのも、ちょっと、恥ずかしいよね」
 思わず手を伸ばしそうになった。
 この生き物はなんなのだろう。くらくらとする頭で、それでもなんとか自制する。
「そ、その……」
 いわなければならない、という気がした。バレンタインという空気に飲まれて、いまなら。
「……か……っ」
 言葉に詰まる。
「か?」
 聞き返され、さらに動揺する。
 それでも、意を決した。
「わ、わざわざいわせなくても……君は、か、かわいいと、思う」
 しん、と沈黙が訪れた。
 アニーがきょとんとしている。
 なんてことをいってしまったのだろうと、遅れてどっと汗が噴き出す。
 アニーは笑った。
「いいってば、もう。ハンスは律儀だなあ」
「…………そ、そうだな」
 そうだなってなんだ──自分の言動につっこむが、もうどうしようもない。これ以上ここにいても、挙動不審になる一方だという気がした。ハンスはもう一度礼を述べ、アトリエをあとにする。


 扉の向こう側に、いつからいたのか、お馴染みの面々が顔を揃えていた。全員がニヤニヤ顔で、それでもなにもいわずにハンスを見送る。
 ハンスはあえて、見なかったふりをした。

 ハンスのバレンタインデーに対する認識は、混迷を極めそうだ。  
 
 
 





────────────
そしてホワイトデーに恐ろしく悩むハンスが目に見えるようです。
やっぱりハンアニを書くのは楽しいなあ。




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  Name : 光太朗。
  性別女、またの名を光太朗子。
  『アニーのアトリエ』ハマり中。

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