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恋への墜落 6

もう勢いで書いてしまった最終話です。ハッピーエンドになるはず!





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『恋への墜落』 6



 アニーにはもう、迷いはなかった。細かいことはわからない。わからないが、自分がどうしたいのかは決まっていた。
 小走りに駆けていき、委員会本部のドアを開ける。その向こう側にいるはずの人物に呼びかけようとして、拍子抜けしてしまった。
 いない。
 不在だという可能性は、まったく考えていなかった。
「あ、アニーさん」
 ダニエルがこちらを見つけ、微妙な顔をする。待っていたというような、それでいて困ったような。ダニエルに駆け寄り、こんにちは、とアニーは声をかけた。
「ハンスに用があったんだけど……いないみたい?」
 ダニエルはさらに眉根を寄せた。ええと、と言葉を濁す。
「それが……その、ちょっと……。あ、アニーさんには、近いうちに連絡がいくはずなんですが」
「なんの連絡?」
 知らず、硬い声になる。心当たりがあった。
 担当を変えてもらうよう掛け合ってみると、ハンスはそういっていたはずだ。まさかそんなこと、と思っていたが──まさか自分の知らないうちに、話が進んでいたのだろうか。
 是とも否ともいっていないというのに。
 ふつふつと怒りがわき上がる。
「どういうこと? まさか、担当、本当に変わるの?」
 ダニエルに怒りをぶつけても仕方がないと、頭ではわかっているのに、気が焦った。ダニエルは目に見えて動揺し、慌てて首を左右に振った。
「ま、まだ決定ではないんです。新しい担当も決まっていないですし……ただ、その、ハンスさんが、どうしても担当を変えてくれと上に掛け合ってしまったので、責任放棄というかなんというか……ちょっと問題になりまして。理由もいえないの一点張りらしいんです。ええと、なので……ここにはいられなくなるかもしれません。本土に帰るということになるかも……」
「なにそれ!」
 今度こそ、アニーは叫んでいた。ダニエルの両肩を、力強くつかむ。まわりの人間の視線が集中したが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
 いつの間に、そんなことになっていたのか。ほんの数日、アトリエにこもっていただけではないか。その間、ハンスがアトリエを訪ねてくることはなかった。
 とても大切な問題だ。錬金術師とその担当委員として、信頼関係を築いてきたのではなかったのか。
 それを、こんな、簡単に。
「結局、担当変わるってことでしょ! あたし、認めないよ! ハンスはどこにいるのっ?」
「ちょ、ちょっと待ってくださ……揺らさないで……」
 息も絶え絶えにいわれ、やっとアニーは手を離す。感情のままに、ダニエルを前後に揺すってしまっていたのだ。ダニエルは悪漢に襲われたかのように両手を挙げ、降参のポーズをしていた。
 大げさに咳き込んで、眼鏡のズレを直す。息を整える間、アニーは辛抱強く待った。
「実は……」
 その間すらも煩わしい。アニーは腕を組み、じりじりと待つ。
「……その、ハンスさんなんですが。ここのところずっと、行方不明なんです。寮にも帰って来なくて……船の乗船履歴には名前がないので、島から出てはいないと思うのですが……」
 後半を、もうアニーは聞いていなかった。わかった、とつぶやいて、次の瞬間には、もう本部を飛び出していた。



   *



 ハンスはぼんやりと、林の中を歩いていた。
 アニーがオーナーを務めるリゾート施設を回り、挨拶を終えた。なじみの場所にも顔を出して、仕事というわけでもなかったが状況の確認をし──セラ島という場所を、しっかりと脳に焼き付けた。
 あとは、リヒターゼンを残すのみだ。
 共に時間を過ごした仲間たち──ときに肩を並べて戦い、バカ騒ぎをして、騒動に巻き込まれ……呆れることも多かったが、確かに仲間といえる存在だった──にも、別れを告げなければならないだろう。もしかしたら、叱咤されるかもしれないが、もう決めたことだ。
 本当なら、島を離れたくなどなかった。
 担当を変えてくれと掛け合った際、職務放棄だといわれた。責任感が足りないとののしられたが、反論のしようもなかった。
 自分で蒔いた種だ。
 彼女の妨げになるわけにはいかない。
 別れを告げたら、彼女はどんな顔をするのだろう。ひょっとしたら、ほっとするのだろうか。その様子を想像して、苦笑した。
 キスをしてしまった瞬間の、驚いたような、傷ついたような表情が、まぶたの裏に焼き付いてる。
 あんな顔をさせたいのではなかった。
 また笑ってくれるのなら、それでいい。

 星の出始めた空を見上げ、ふと、ハンスは思い出していた。
 いつの間にか、滝つぼからずいぶんと離れている。もう少し進めば、あの場所があるはずだ。
 彼女が教えてくれた、ヒカリゴケの洞窟。
 己の未練がましさに情けなくなったが、最後に見ておきたかった。記憶をさぐり、草むらに入る。身をかがめて探すと、記憶と同じ場所に、ぽっかりと入り口が見えた。
 相変わらずの小さな入り口に、身体を滑り込ませる。抜けた先の別世界を目にして、以前とまったく同じ美しさに、声を失った。
 ずいぶん長い間来ていなかったが、その輝きは、まったく衰えてなどいなかった。
 増しているわけでもない。不思議なほどに、そのままだ。
 しかし、目に見える景色は同じはずなのに、感動はあまりにも違っていて、ハンスは胸を押さえた。
 綺麗だ。
 それは、変わらない。
 けれど、以前のように、心が跳ねることはない。
 理由など明白だった。
 隣にいたはずの彼女が、いないのだ。
 ハンスはゆっくりと、奥へ進んだ。あのとき、どこに座ったのかも、正確に思い出すことができた。そっと壁に手を触れる。ひやりとしたぬくもりが、まるで自分を拒絶しているようだった。
 来るべきではなかったのかもしれない。
 彼女の声が、蘇る。
 ハンスってば、いつもここにしわ寄ってるでしょ──そういって、眉間に触れた指先。きっといまも、同じ顔をしているのだろう。もっとひどいのかもしれない。
 ひとときの感情に任せ、大切なものを失ってしまった。
 その現実に、ずしんと身体が重くなる。

「──ハンス・アーレンス!」
 聞こえるはずのない声が聞こえてきて、反応が遅れた。
 まさか、と思う。
 幻聴まで聞こえてしまうのだろうか。
 しかし、振り返るよりも早く、腰に衝撃が襲いかかってきた。そのまま壁まで飛ばされ、顔面を打ち付ける。あまりのことに、なにが起こったのかわからない。
 やっと、後ろから蹴りつけられたのだと理解した。ヒザをついて腰を押さえ、振り返る。
 息をのんだ。
 口を開けるが、声にならない。夢を見ているのだろうか、と思う。
 アニーが、憤然と仁王立ちしていた。
「ア、アニー……」
 やっと声を絞り出したが、アニーには聞く気などないようだった。眉をつり上げ、ハンスを見下ろしている。
 明らかに怒っていた。
 だが、こうしてアニーが怒りをぶつけてくるのは、ハンスにとってはまったく予想外のできごとだった。どう対応すればいいのかわからない。
「あたし、怒ってるよ」
 見たまま、疑いようもないことを、アニーはずばりと告げた。
「ヤスミーネに聞いたの、滝つぼの方に向かったって。みんなにお別れいったんだって? 本土に帰るんだってね。あたし、なんにも聞いてないけど。それって、無責任だよ。どうしてそんなことになってるの」
 怒りを抑えたような声で、続ける。ハンスは言葉に詰まった。
 どうせ、説明しなければならなかったのだ。
 目を見て、謝罪を告げ、誠意を伝えなければならなかった。
 ハンスは居住まいを正し、アニーに向き直る。座ったままで、頭を下げた。
「僕は、担当委員失格だ」
 硬い声で、つぶやいた。アニーからの返事はない。
「感情に任せて、君にひどいことをしてしまった。このままではいられない。……じきに、新しい担当も決まるだろう。許してくれとはいわない。本当に、すまなかった」
 不意に近づいた気配に、ハンスは顔を上げた。
 すぐ目の前に、彼女の顔があった。目はかすかに潤み、唇はかみしめられている。泣きそうな顔だと気づき、ハンスは慌てた。
「アニー……」
「あたし、怒ってるの」
 アニーは繰り返した。
「すごく、怒ってるの。そりゃ、いきなりキスされて驚いて、なにがなんだかわかんなくて、すごく混乱したけど──いまだって本当は、混乱したままだけど──でも、イヤだとは、思わなかったよ。ハンスは勝手にキスして、一方的にいいたいこといって、いなくなっちゃうの? そんなの勝手でしょ? ハンスがいなくなるかもって聞いて、もうどうしようもなくて……このまま会えなかったらって、気が気じゃなかったよ」
 ハンスの服の裾を、アニーがつかんだ。
 たったそれだけのことで、ハンスの決意が揺らぎそうになる。彼女はいったい、なにをいっているのだろう。
「怒ってやろうと思ったの、ハンスを見つけたら、一発殴ってやろうって」
 殴るどころか後ろから蹴られたわけだが、ハンスは言葉を飲み込んでおく。彼女の瞳から、涙がこぼれたからだ。
「行かないでよ」
 かすれた声でつぶやかれ、ハンスはアニーの手を引き寄せていた。
 そのまま、抱きしめる。すぐに事態に気づいたが、アニーはふりほどきはしなかった。腕の中で、じっとしている。
「……それは、どういう意味だ?」
 恐る恐る問う。わかんない、とアニーは答えた。
「まだわかんないよ。混乱したまんまだもん。……でも、ハンスがいなくなっちゃったら、イヤだよ」
 アニーは、震える声でしゃくり上げるようにして、それでも続けた。
「ハンスじゃなかったら、課題なんて絶対やってやんないんだから」
 ハンスは目を見張り、それから思わず笑みをこぼした。
「──いままでだって、ろくに真面目にやってなかっただろう」
「もっとやらないよ。さぼりまくって、本部の悪口だっていいふらしてやる。あたしが錬金術やらなくなったのは、ハンスっていうバカのせいだって、セラ島中にいってやるんだから」
「それは……困るな」
「だから」
 アニーは、ハンスの背に手を回した。
 消え入りそうな声で、つぶやく。
「行っちゃやだ」
 ハンスは、腕の中にぬくもりを感じたままで、声も出せずにいた。
 言葉にならない思いが、胸の中に広がっていた。
 抑えられなくなる。
 そっとアニーの顔を見て、小さな声で、聞いた。
「……聞いておこうと思うんだが」
 濡れた瞳で、アニーがハンスを見上げてくる。ごほんと咳払いをして、ハンスはとうとう、それを口にした。
「キスをしても、いいか?」
 アニーの顔が赤くなる。小さな小さな声で、いいかもしれない、と曖昧な答え。けれどそれでじゅうぶんだった。ハンスはアニーの唇に、そっと自らのそれを寄せた。
 アニーが目を閉じる。最初は短く。次は、長く。唇を重ねて、抱く手に力を込めた。
「ちょ、ちょっと、ハンス」
 うわずった声で、アニーが制止を求めた。息を止めていたのだろうか、深呼吸をするようにして、ハンスの身体を引き離す。
「い、いいかもっていったけど、もうちょっと……」
「好きだ」
 短く告げて、もう一度キスをした。身じろぎするアニーを逃すまいと、肩と腰を強く抱く。
「すまないが……これだけでは、終わりそうもない」
「え、な、なに?」
 アニーが聞き返すが、説明する余裕などなかった。ハンスはアニーの頬に口づけ、そのまま唇を首筋に移動させる。
 その瞬間、声が響いた。
「──悪いけどー。続きは、またのお楽しみにしてくれるかな?」
 ハンスは見事に固まった。
 アニーを腕の中に閉じこめたままで、顔を上げる。洞窟の入り口に、お馴染みの面々が立っていた。
 リーズ、ジェリア、カイル、キルベルト、ビュウ、フィズ──ぺぺやダニエルまでいる。
「あれ、みんな、どうしたの?」
 たった今まで重ねていたはずの唇が、脳天気な声をあげる。目を逸らしている面々の中で、リーズは肩をすくめてみせた。
「本当ならそっとしといてあげたかったけど……ハンスが行方不明だって聞いて、あたしたちだって探さないわけないでしょ?」
 行方不明──聞き慣れない単語に、ハンスは目眩を覚えた。たしかに、だれにもなにもいわなかったかもしれない。だがまさか、行方不明ということになっていようとは。
「じーちゃんに報告だな。続きは禁止だ、禁止」
 冷めた目でぺぺがつぶやいて、さらに気が遠くなった。もしかして自分はまた、とんでもないあやまちを犯してしまったのだろうか。
 腕の中で、アニーが囁いた。
「続きって、なに?」
 答えられるはずもなかった。
 ハンスは咳払いをして、どう答えたものか逡巡したのち、結局口を開く。
「……それは、また、改めて」






 担当委員を辞めるという騒動は白紙に戻り、結局ハンスは、引き続きアニーを担当することとなった。
 アニーのアトリエからはいままでどおり、へんてこ帽子の錬金術師と、口うるさい妖精と、ほとんど毎日のように訪れては説教をする担当委員の声とが、絶えず聞こえることになる。
 それでも時折は二人だけで、肩を並べる姿が目撃────されるように、なったのかどうか。
 それはまだ、霧の中。








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ハンスとアニーが付き合うまで、じゃなかったんかい!!(一人ツッコミ。
や、一応、さすがにそうなったんだろうということで……あまりラブラブな二人は書けそうになかったので、こういった感じになりました。ハンス的には前途多難な香りが漂っていますが。

ここまで読んでいただき、本当に本当にありがとうございました。
アニアトでここまで長い(いやそんな長くないけど……)のは初なので、ドキドキです。ど、どうなんだ。良かったのか書いても。ドキドキ。

途中、拍手やコメントいただいて、本当に励みになりました。
お付き合いいただき、ありがとうございました!

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  Name : 光太朗。
  性別女、またの名を光太朗子。
  『アニーのアトリエ』ハマり中。

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